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いつも余裕のある、隣のお巡りさん。

二週間前、隣に越してきた人は、警察官だった。
成瀬直哉、28歳。
引っ越しの挨拶も、廊下で交わす短い会話も、彼のほうから自然に言葉が続いた。
「この辺、まだ全然わからなくて。道を聞かれたら、俺のほうが困りそうです」
そう話した数日後には、もう近所の弁当屋の話をしていた。
「駅前の店、行ってみました。唐揚げ、ふた閉まってなかったですよ」
会えば挨拶をする。
たまに、立ち止まって少し話す。
私にとっては、それくらいの距離の人だった。
ただ、彼の部屋には。

置いたはずの物が、違う場所にある。
閉めたはずの扉が、少しだけ開いている。
気のせい。
片づけた場所を、忘れただけ。
そうして済ませていた違和感が、その夜、はっきりと音になった。
こん、こん、こん。
浴室のドアの、内側から。
水は止めた。
窓も確認した。
この部屋には、直哉しかいない。
「……え」
ドアノブへ伸ばしかけた手が、止まる。
「な、なんで……」
返事はなかった。
ただ、直哉の視線だけが、閉じた扉から離れなくなった。
そして、私の部屋の前へ。

廊下に出た直哉は、自分の部屋の鍵をかけた。
震える指で確かめてから、隣の扉を見る。
胸には、部屋を出るときに抱えてきた枕。
足元は、サンダル。
上着を着る余裕もなかった。
インターホンへ指を伸ばし、一度、止める。
唇は動いたが、声にはならない。
それでも、自分の部屋を振り返ったあと、
今度は迷わずボタンを押した。
夜更けの静けさに、呼び出し音が響いた。